京都地方裁判所 昭和42年(レ)10号 判決 1968年11月20日
控訴人
(附帯被控訴人)
井上芳太郎
被控訴人
(附帯控訴人)
福井勝右エ門
代理人
田中成吾
主文
本件控訴を棄却する。
原判決をつぎのとおり変更する。
被控訴人が、別紙目録記載の土地の所有権を有することを確認する。
控訴人は、被控訴人に対し、京都府加佐郡大江町字小字宮ノ谷一四六〇番地の二の山林952.05平方米(9畝11歩)のうち、別紙目録記載の土地について、所有権移転登記手続をせよ。
訴訟の総費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。被控訴人の附帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
被控訴代理人は、請求原因として、
「一、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)は、被控訴人所有の京都府加佐郡大江町字関小字遊屋ケ谷二二八番地の二の畑(以下二二八番地の二という。)の一部であり、控訴人所有の同町字河守小字宮の谷一四六〇番地の二の山林(以下一四六〇番地の二という。)と二二八番地の二との境界は別紙目録および図面記載のホ、ヘの各点(以下単にホ、ヘ等という。)を結ぶ堀溝によつて区切られ、判然としている。これについては、被控訴人が、昭和三年五月二三日訴外太田藤一より二二八番地の二を買受けた当時、控訴人との間で確認し、以後何等の紛争もなかつたのであるが、控訴人は、イ、ロ、ハの各点を結ぶ線上にある小道が二二八番地の二と一四六〇番地の二の境界であり、本件土地は、一四六〇番地の二の一部である旨主張し、紛争が生ずるに至つたのである。
二、仮に、本件土地が、被控訴人所有の二二八番地の二の一部でなく、一四六〇番地の二の一部であるとしても、被控訴人は、昭和三年五月二三日、本件土地が二二八番地の二の一部であると信じて、訴外太田藤一より二二八番地の二を買受け、同時にその引渡を受けて、本件土地を開墾し、桑を栽培などして本件土地の占有を始めた。そして、被控訴人の本件土地の占有開始時点において、被控訴人の自主占有につき過失はなかつたから、被控訴人は、一〇年間後の昭和一三年五月二三日の経過とともに(同時点において、被控訴人は、本件土地を占有していた。)、時効によつて、本件土地の所有権を取得した。
仮に、前記占有の始めに、被控訴人の自主占有につき過失があつたとしても、二〇年間後の昭和二三年五月二三日の経過とともに(同時点において、被控訴人は、本件土地を占有していた。)、本件土地の所有権を時効によつて取得した。
三、よつて、被控訴人が本件土地の所有権を有することの確認を求める。
四、被控訴人の一の主張が認められない場合、予備的に、被控訴人は、控訴人に対し、一四六〇番地の二のうち、本件土地について、所有権移転登記手続を求める。
五、控訴人被控訴人間に控訴人主張のような内容の京都地方裁判所昭和三七年(レ)第一三号土地明渡請求控訴事件の確定判決が存在すること、控訴人が右判決に基づきその主張のように強制執行をしたことは控訴人主張のとおりであるが、その訴訟物は、控訴人所有権に基づく土地明渡請求権であつて、その既判力は、土地明渡についてのみ生じ、本件土地の所有権は、右請求権の存否を判断するについての前提事実に止まるから、本件土地の所有権の存否についての右確定判決の判断は、本件土地の所有権の確認等を訴訟物とする本訴に拘束力を及ぼさない。」
と述べた。
控訴人は、答弁として、
「一、控訴人被控訴人間には、京都地方裁判所昭和三七年(レ)第一三号土地明渡請求事件の確定判決があり、その訴訟においては、本件土地の所有権の帰属が唯一の争点として争われ、右確定判決は、控訴人に本件土地の所有権があるものと判断し、その所有権に基づいて被控訴人に控訴人への本件土地の明渡を命じているのであるから、右確定判決の判断に反する被控訴人の本件訴は、右確定判決の既判力ないし一事不再理の法理により許されず、却下さるべきである。
二、被控訴人主張請求原因一の事実中、控訴人が一四六〇番地の二を、被控訴が二二八番地の二を、それぞれ所有すること、控訴人において、一四六〇番地の二と二二八番地の二の境界が、イ、ロ、ハの各点を結んだ線である旨主張していることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。本件土地は、控訴人所有の一四六〇番地の二の一部であつて、被控訴人の所有ではない。
三、被控訴人主張請求原因二の事実は否認する。被控訴人が本件土地の占有を開始したのは、被控訴人が二二八番地の二を買受けた昭和三年ではなく、イ、ロ、ハの各点を結ぶ線上にあつた巾三尺以上の畔道を破壊して本件土地の開墾を始めた昭和三一年頃であり、従つてまた、その占有は、平穏かつ公然でもなく、善意無過失でもない。
四、以上、被控訴人の本訴請求は、いずれも理由がないが、なお、控訴人は前記京都地方裁判所昭和三七年(レ)第一三号事件の執行力ある判決の正本に基づき、被控訴人に対し、本件土地に対し、本件土地の明渡の強制執行をしたところ、同人において、右執行に異議なく、その後請求異議の訴も提起しないことで、本件土地につき、控訴人が、その所有権を有することを認めるものであり、この点でも、被控訴人の本訴請求は理由がない。」と述べた。
<証拠>(省略)
理由
一、控訴人の本案前の主張につき判断する。
土地所有者から土地占有者に対する所有権に基づく物上請求権を原因とする土地明渡の請求を認容した確定判決は、その理由において所有権の存在を確認している場合であつても、それが理由中の判断に止まる限り、所有権の存否についての既判力を有しない(本件差戻前控訴審判決に対する上告審判決である大阪高等裁判所昭和四二年二月一五日第一民事部判決)。
よつて、確定判決の既判力の効果ないし一事不再理の法理に基づき、本件訴の却下を求める控訴人の本案前の主張は失当である。
二、本件土地が二二八番地の二の一部であるとの被控訴人の主張につき判断する。
二二八番地の二が被控訴人の所有に属し、一四六〇番地の二が控訴人の所有に属することは、当事者間に争いがない。
ところで、被控訴人は、二二八番地の二と一四六〇番地の二の境界は、ホ、ヘ、の各点を結ぶ堀溝によつて区切られており、本件土地は、前所有者訴外太田藤一から買受けた二二八番地の二の一部である旨主張するけれども、これに副う<証拠>は、いずれも採用しえず、他にこれを認めうる証拠はなく、却つて<証拠>を綜合すると、二二八番地の二と一四六〇番地の二の境界は、イ、ロ、ハの各点を結ぶ線であり、本件土地は、一四六〇番地の二の一部である事実を認めうるから、被控訴人の右主張は失当である。
三、そこで、被控訴人が時効により本件土地の所有権を取得したか否かについて判断する。
<証拠>を綜合すると、被控訴人は、昭和三年五月二三日、訴外太田藤一から二二八番地の二を買受けたが、その際、同人から、二二八番地の二と一四六〇番地の二との壊界は、ホ、ヘ、を結ぶ堀溝である旨指示を受け、二二八番地の二が本件土地を含むと信じてこれを買い受け、同人より二二八番地の二と共に本件土地の引渡を受け、本件土地を自己の所有としてその占有を開始したこと、当時本件土地には、その北側の部分が幾分藪になつている外、桑の立木がまばらに存在していたが、被控訴人は、二二八番地の二を買受けて間もなく、本件土地の土盛りをして、右桑の立木をおこし、新たに桑の木を植え、その後、戦時中一時、自己の植えた右桑の木をおこし、さつまいもを植えたが、終戦後再び桑の木を植えて、二二八番地の二を買受けてより、本件土地の占有を継続したこと、控訴人は、終戦まで京都市に居住し、終戦後肩書住所地に帰つてきたが、本件土地を一度も耕作したことがないこと、昭和三四年頃に至つて、初めて控訴人と被控訴人との間で、被控訴人の本件土地の占有につき、紛争が生じたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は採用せず、他に右認定を左右しうる証拠はない。
右認定事実からすると、被控訴人は、昭和三年五月二三日訴外太田藤一より二二八番地の二を買受けると共に、本件土地が他人の所有物であるのに、これを知らずに自己の所有物となつたと信じ、その占有を始めたものといいうるが、被控訴人が、本件土地が他人所有の一四六〇番地の二の一部であることにつき、善意であつたのは、訴外太田藤一の指示を信じた結果に過ぎないのであるから、右善意であることについて過失があつたものというべきである。しかしながら、被控訴人は、本件土地の右占有開始時より、二〇年間後の昭和二三年五月二三日の経過に伴い、本件土地の所有権を時効によつて取得したと解するのが相当である(なお、控訴人が、京都地方裁判所昭和三七年(レ)第一三号事件の執行力ある判決の正本に基づき、被控訴人に対し、本件土地の明渡の強制執行をなしたことは、当事者間に争いがないところ、控訴人は、被控訴人において、右執行に異議なく、その後請求異議の訴も提起しないことで、本件土地につき、控訴人が、その所有権を有することを認めるものであると主張するが、控訴人の右主張を、時効の利益の放棄の抗弁と解しても、右執行に異議なく、その後請求異議の訴を提起しなかつたことの一事をもつて、被控訴人が、時効の利益の放棄をなしたものと解するをえず、また、被控訴人が、右利益を放棄したと認めうる証拠もない。)
四、よつて、被控訴人が本件土地所有権を有することの確認を求める被控訴人の請求を認容する。
五、つぎに、被控訴人の所有権移転登記手続を求める予備的請求について判断する。
一般に、訴の予備的併合とは、第一次(主位)請求と第二次(副位)請求とが理論上両立しえない関係にある場合、第一次請求の認容を解除条件としながら、第二次請求についても予め審判を申立てる併合である。裁判所は、第一次請求を認容するときは、予備請求については審判する必要がなくなるが、第一次請求を棄却するときは、予備的請求をも審判しなければならない。
本件の訴の予備的併合は、右の一般の訴の予備的併合と異なり、第一次請求の攻撃方法としてA事実、B事実を順位的に主張し、第一次攻撃方法A事実の認容されないことを慮つて、その認容を解除条件としながら、第二次請求についても予め審判を申立てている併合である。本件のように、第一次請求の第一次攻撃方法A事実の主張と第二次請求とが理論上両立しえない関係にある場合、第一次請求の第一次放撃方法A事実の認容を解除条件とする訴の予備的併合は許されると解するのが相当である。けだし、原告にこれを許すべき合理的な必要性があり、これを許しても、審判の申立を不安定にしないし(第一次請求の審判における第一次攻撃方法A事実の認容という解除条件の成否は、当該手続内で確定するから)、被告の利益を害することもないからである。
前記二の認定において、第一次請求(被控訴人が本件土地の所有権を有することを確認する)の第一次攻撃方法(本件土地は被控訴人所有の二二八番地の二の一部である)は認容されなかつたから、予備的請求の解除条件は成就しなかつた。
よつて、前記三の認定に基づき、被控訴人の予備請求を認容すべきである。
六、よつて、本件控訴を棄却し、原判決を変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九六条を適用し主文のとおり判決する。(小西勝 杉島広利 寒竹剛)